2019年6月16日(日)午前10時30分~
説教:「 偉大な大祭司イエス 」 中村静郎牧師
聖書: ヘブライ人への手紙4章14節
~5章10節
讃美歌21
(クリックすると宝永教会のパイプオルガンで演奏された奏楽音声が流れます。事前練習にお役立てください。)
227(主の真理は)
229(いま来たりませ)
新約聖書(新共同訳)より
ヘブライ人への手紙4章14節~5章10節
さて、わたしたちには、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられているのですから、わたしたちの公に言い表している信仰をしっかり保とうではありませんか。
この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。
だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。
大祭司はすべて人間の中から選ばれ、罪のための供え物やいけにえを献げるよう、人々のために神に仕える職に任命されています。
大祭司は、自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な人、迷っている人を思いやることができるのです。
また、その弱さのゆえに、民のためだけでなく、自分自身のためにも、罪の贖いのために供え物を献げねばなりません。
また、この光栄ある任務を、だれも自分で得るのではなく、アロンもそうであったように、神から召されて受けるのです。
同じようにキリストも、大祭司となる栄誉を御自分で得たのではなく、 「あなたはわたしの子、 わたしは今日、あなたを産んだ」と言われた方が、それをお与えになったのです。
また、神は他の個所で、 「あなたこそ永遠に、 メルキゼデクと同じような祭司である」と言われています。
キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。
キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。
そして、完全な者となられたので、御自分に従順であるすべての人々に対して、永遠の救いの源となり、 神からメルキゼデクと同じような大祭司と呼ばれたのです。
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