2019年4月21日(日)午前10時30分~
説教:「復活信仰」
中村静郎牧師
聖書: マルコによる福音書8章27~38節
讃美歌21
(クリックすると宝永教会のパイプオルガンで演奏された奏楽音声が流れます。事前練習にお役立てください。)
☆礼拝終了後、ミニコンサートがあります。
イースターにちなんで、『いのち』がテーマの日本歌曲を演奏します。
『くちなし』
『かもめ』
『いのちの歌』
讚美歌第二篇より
『この世の波風騒ぎ』
バリトン 大森智浩
ピアノ 平林知子 (宝永教会オルガニスト)
新約聖書(新共同訳)より
マルコによる福音書8章27~38節
イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。
その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。
弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」
そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」
ペトロが答えた。
「あなたは、メシアです。」
するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた。
それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。
しかも、そのことをはっきりとお話しになった。
すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。
イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。
「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」
それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。
「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。
自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。
人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。
自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。
神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる。」
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